「もっと優秀な人材さえいれば、うちの業績も上がるのに……」
経営者であれば、一度はそう嘆いたことがあるはずです。一流大卒の地頭の良い若手や、前職で輝かしい実績を上げた即戦力。ブランド力があり、待遇も手厚い大手企業に吸い込まれていく「一流」の人材を、喉から手が出るほど欲している社長は少なくありません。
しかし、現実は冷酷です。資本力も知名度も劣る中小零細企業に、そのような「超人」が自ら門を叩いてくれる確率は、天文学的に低い。私たちが採用し、共に戦っていくのは、いつだって「どこにでもいる普通の人」です。
ところが、世の中には不思議な現象が存在します。あなたの身近にも、自社と同じ程度の平凡な社員しかいないはずなのに、なぜか高収益を叩き出し、驚異的なスピードで急成長している企業はないでしょうか。
彼らの強さの秘訣は、社員の能力ではありません。社員がどれほど必死に汗をかいても1円の利益にも変換されない「努力無効化」という悲劇を、構造によって徹底的に排除している点にあります。
はじめに:幻想に殉じたL社の末路
まず、一つの「失敗の現物」を見てください。システム開発を営んでいたL社のケースです。
L社の社長は「技術力こそがすべて」と信じていました。多額の費用をかけて社員を外部研修に送り出し、高給で中途のスペシャリストを採用し続けました。「優秀な人さえ揃えば、勝てる」という幻想を追いかけたのです。
しかし、肝心の「どの市場で、どんな独自性で勝つか」という戦略が不在でした。結果として、競合がひしめくレッドオーシャンの下請け案件ばかりを追いかけることになります。いくら社員のスキルを上げても、単価が安く、付加価値の低い市場にいる限り、利益は出ません。
高給で雇われた社員たちは「これだけ努力してスキルを磨いているのに、なぜ会社は潤わないのか」と徒労感に苛まれ、やがて他社へ流出していきました。社長は最後まで「最近の若手は質が落ちた」と嘆き、また新しい「採用」という名の博打に手を出し、最後は資金ショートで自滅しました。
L社の社長が犯したミスは、社員の能力の問題ではありません。「努力が無効化される山」に社員を登らせ続けていたこと。それがすべての元凶でした。まさに、採用や教育(第4前提)だけに努力しても、前提となる戦略や仕組みが間違っていれば、すべての努力が無効化されるという典型的な事例です。
1. 社員の努力を殺す「4つの階層(前提)」
なぜ、社員の頑張りが成果に結びつかないのか。そこには経営における動かしがたい「4つの階層(前提)」が存在します。このピラミッドを理解していない限り、社長の悩みは一生消えません。
経営の4つの階層ピラミッド
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(第1前提)経営戦略(方向性)が間違っている
登るべき山自体が間違っている状態です。どれほど歩き方が優秀でも、崖に向かって歩いていれば破滅は確定しています。 -
(第2前提)仕組みが間違っている
山は合っていても、ルートがデタラメな状態です。社員は無駄な遠回りや滑落を繰り返し、体力を浪費します。 -
(第3前提)仕組みの運用が間違っている
地図は正しくても、読み方が間違っている、あるいは誰も地図を見ていない状態です。現場の管理不足が努力を無効化します。 -
(第4前提)人事(採用・教育・評価)が間違っている
ここが多くの社長が固執する「歩き方(スキル)」の訓練です。
恐ろしい事実は、①~③が腐っていれば、④(採用・教育)をどれだけ強化しても、その努力はすべて「無効化」されるという点です。一流を雇っても、三流の戦略の下では三流の成果しか出せません。逆に、①~③が盤石であれば、平凡な社員であっても一流の成果を出すことが可能なのです。
2. 「正しい山」を登り、努力を有効化した成功事例
平凡な社員で勝っている会社は何をしているのか。成功した3社の事例を見てみましょう。
| 事例名 | 改善した前提 | Before(努力無効化) | After(努力有効化) |
|---|---|---|---|
| 事例A 卸売業 |
第1前提 戦略 |
薄利多売の激戦区で価格競争に疲弊 | 独自の付加価値を提供できる特定領域へシフト。同じ訪問頻度で利益3倍 |
| 事例B 製造業 |
第2前提 仕組み |
熟練工の「勘」に依存。属人化で品質バラバラ | 検査装置で型化。入社3日目のパートでも熟練工と同じ精度を実現 |
| 事例C サービス業 |
第3前提 運用 |
立派なマニュアルが形骸化。仕組みが腐敗 | 管理者の役割を「仕組みの保守点検」に変更。凡事徹底で最高益を更新 |
【事例A(第1前提:戦略の勝利)—— 卸売業】
かつてA社は、薄利多売の激戦区で価格競争に明け暮れていました。しかし、社長は「独自の付加価値を提供できる特定領域」へ戦略をシフトしました。営業マンの顔ぶれは変わりませんが、戦う場所を変えただけで、これまでと同じ訪問頻度、同じトークが「3倍の利益」へと有効化されました。
【事例B(第2前提:仕組みの勝利)—— 製造業】
J社は、熟練工の「勘」に依存する工程をデジタル化し、誰でも良否判定ができる検査装置を導入しました。「技術を磨け」という精神論を捨て、「誰でも80点が取れる型」を作ったのです。結果、入社3日目のパートタイマーの努力が、熟練工と同じ精度で利益に直結するようになりました。
【事例C(第3前提:運用の勝利)—— サービス業】
K社では、立派なマニュアルが形骸化していました。そこで管理者の役割を「部下の尻叩き」から「仕組みの保守点検」に変更しました。毎日、仕組み通りに動いているかを微調整し続けた結果、凡事徹底が驚異的なリピート率を生み、最高益を更新しました。
3. 努力無効化の罠に陥らないために、社長が今すぐやるべきこと
「うちの社員は頼りない」と嘆く前に、社長がやるべきデバッグ(修正)の手順は3つです。
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第4の山(教育)を登るのを一旦止める
社員の質を変えようとするのは最後です。まずは、社員の汗を利益に変えられない「上流(①~③)」の欠陥を特定してください。 -
「努力の変換効率」を計測する
現場が100の汗をかいたとき、いくらの利益になっていますか?もし変換効率が極端に低いなら、それはスキルの問題ではなく、「構造」に大きな穴が開いています。 -
上流からのデバッグ(修正)
- 戦略(山)の再定義:その市場で、今の戦い方をして勝算はあるか?
- 仕組み(ルート)の再構築:凡人が迷わず、最短で成果を出せる道筋になっているか?
- 運用(点検)の仕組み化:管理者は「部下の性格」ではなく「仕組みの稼働」を見ているか?
4. 社員の努力を「有効化」する経営への招待
社長の仕事は、社員を「超人」に育てることではありません。社員の必死な努力を、一滴も漏らさずに利益へと変換する「勝利の構造」を設計することです。
おわりに:人材の「質」を嘆く前に、登るべき「山」を疑え
優秀な社員を探す旅は、もう終わりにしましょう。あなたが今日からすべきことは、社員の汗を1円の利益にも変えられない不毛な「間違った山」を爆破し、平凡な彼らが普通に歩くだけで頂上に辿り着ける「正しい山」を見つけることです。
社員の努力を「有効化」する。それこそが、経営者の知性であり、唯一の生存戦略なのです。